2016-03-16

中国語の「津軽海峡冬景色」

 台湾で、タクシーに乗った。

タクシーで聴くラジオが好きだ。土地の雰囲気や、運転手さんの好みを想像する。他人の食卓に座るような楽しみ。

中国語の唄が流れている。あれ、このメロディ知っている。日本の曲だ。「津軽海峡冬景色」だ。聴き覚えのある「上野発の夜行列車降りた時から」のメロディが中国語で歌われている。

彼女の列車は、どこからどこへ行ったのだろう。


 後日、半日の暇ができた。道行く人に、あの中国語の「津軽海峡冬景色」について聞いてまわる事にした。「津軽海峡冬景色」という曲名は誰も知らない。親切な老夫婦が、歌謡曲系に強いCDショップを教えてくれた。そこの、ふくよかな女性店員が言うには「黄乙玲」という歌手が歌っているらしい。

2,3軒言われるままにCDショップを巡ったのだが、残念ながら黄乙玲の歌う「津軽海峡冬景色」は手に入らなかった。代わりに手に入ったのは、彼女の歌う「南無観世音」というお経のCDだった。


 帰国後、しばらくしてyoutubeで調べたところ中国語の「津軽海峡冬景色」は、PVを観る限り恋愛と壺とミシンの歌になっているようだ。列車は、出なかったらしい。


2016-03-13

床屋は「男たちの港」

 「男たちの港」と書いてある床屋が、近所にある。おれは坊主頭なので、ふだんは自分で刈って済ますのだが、どうしてもその床屋が気になり、意を決して入ってみた。

カタブツそうな亭主が迎える。客はいない。夫婦経営のようだ。奥さんもエプロンをして立っている。

亭主に髪を切ってもらい、シャンプーから奥さんに替わる。シャンプーの後、耳ツボのマッサージをしてもらう。エステのようなサービスや、「男たちの港」の看板は、どうやら亭主ではなく、奥さんの創意工夫によるものらしい。創意工夫のある女性は、顔の造作に関わらず、美人に思える。

耳は一応、性感帯のひとつなわけで、亭主が暇そうにしている横で、奥さんに耳を刺激されている
この情景は、とてもシュールだと気づく。


 すると、常連らしきおじいさんが入ってきて、無言で隣のシートに座った。おれは、おじいさんを目で追いながら、奥さんにヒゲを剃ってもらうのを待つ。

亭主がおじいさんに「社長、死んじゃったんだってね」と話しかける。死から会話が始まる事に、おれは驚きを隠せない。映画「ゴッドファーザー」でも「仁義なき戦い」でも、床屋は死と隣り合わせの場所だった。さすが「男たちの港」は、話題もハードボイルドだった。