2015-12-13

向こう岸に行きたいから、早く川の水をバケツで汲み出してくれ

 生業がうまくいっていない。

お客様の言葉には応えているのに、お客様のためになっていないのだ。

■寓話


お客様が、

「向こう岸に行きたいから、早く川の水をバケツで汲み出してくれ」と言う。

上司が「上流をせきとめましょうか」

先輩が「橋をわたしましょうか」

おれは「舟を作りましょうか」

と提案するが、お客様は

「そんな金はないから、早く大きなバケツを持ってこい」

と言う。



上司と先輩は優秀なのでバケツ捌きが上手い。

おれは遅い。それに、要領が悪い。

「ほんとうに、バケツで汲み出せるんですか」

上司と先輩は「何をいまさら。それが前提だ」と答える。

「その前提は正しいんですか。誰か確かめたんですか」

「お客様が、そう言っているんだ」と、上司がいやな顔をする。

もう何も、聞くことはない。



何日かたつと、お客様が

「水を汲み出すなら、ホースのほうが早いんじゃないか」

と言う。

「どうして、言われるまで気がつかないんだ」とイヤミを言われながら

上司と先輩がバケツを置いて、ホースを手に取る。

「なるほど、これはバケツより早い」



向こう岸はまだ、遠い。

ボーッとしているおれを、上司と先輩がバカにしたような目で見る。

おれは、自分の感じる違和感に自信が持てなくなる。

明日の天気予報は、大雨だ。